演劇の演出ってこういうものだったのか!

先日観に行った DULL-COLORED POP の舞台「くろねこちゃんとベージュねこちゃん」は、同じ脚本を 4 人の演出家、4 組のキャストで上演するという形でしたが、観劇デビューの私にとって刺激的な内容だったことに加えて、もともと凝り性なのが災い(?)して、演出が違うとどうなるのか、どうしても知りたくなってしまいました。

谷チームの舞台を観た後に自分の予定を確認して、まず最終日の東谷チームと井上チームの公演を予約。自分が行けそうな百花チームの公演は既に予約受付を終了していましたが、当日でも入れそうな tweet を発見。

これに賭けて行ってみたら予約なしにもかかわらずギリギリで入ることができ、結局 4 チーム全ての舞台を観てしまいました。

最も驚いたのは、「演出でここまで変えていいのか!」という事でした。ネタバレはまずいと思いますので内容に言及するのは避けますが、まず舞台セッティングからして、最も簡素な(というかテーブルと椅子しかない)谷チームから、仕事場の机や家族の写真まで用意されている井上チームまで全部違いました。井上チームに至ってはカメラ(ちゃんと脚本に合っている古いニコン)(正確には Nikomat EL)まで置かれていたので、既に筋書きを知っていた自分としては、これがどんな風に使われるんだろうかと想像しながら開演を待ちました。

幕開けのしかたも全部違うし、台本が一部書き換えられてたのも驚きでした(演劇の世界ではこのくらい普通なのでしょうか)。最後に観た井上チームが最も大胆に台本を書き換えていたように思いました。

また、台本に対する解釈の違いからか、同じ台詞でも演出によって重きをおく場所や間合いが全然違ったりして、毎回新鮮な感じがしました。最初に谷チームの舞台を観て筋書きを全部知っていたので、もはや他のチームの舞台はあまり楽しめないのではないかと心配もしましたが、全くの杞憂で、この先どうなるか知っているのにこの先どうなるか分からないという、不思議なスリルを味わいました。

まあよく考えてみたら、クラシックのオペラとかシェイクスピアのような演劇を観る人達は、筋書きなんか全部知っていてもなお毎回楽しんでいる訳ですから、それと同じだと思えば当然なんですけどね。

さらに、4 チームの舞台をコンプリートした特典として、演出をされた皆さんのサイン入りの台本をいただきました。

全部観終わった後にあらめて台本を読んでみて驚いたのは、台詞以外の指示がとても少ないことでした。例えば台詞と台詞との間にどのくらいの間合いをとるか、その間にどう振る舞うかなど、かなりの部分が演出家と役者に委ねられているんですね。台本にそういう「余白」がたくさんあって、その余白をどう使うのか、演出家と役者とのあいだで議論したり試行錯誤したりしながら、舞台をつくっていったのだろうということが、あらためて分かった気がしました。

そういった意味では音楽においても、楽譜に書かれていること以外に、実はたくさんの余白があるのかもしれません。そういう余白を自分はもっと見つけてうまく使ったほうがいいのではないか、などと考えたりもしました。

それから、最も大胆に台本を書き換えたと思っていた井上チームが、ラストシーンに関しては最も台本に忠実だったというのも驚きでした。これは台本を読まなければ分からなかったことです。

演劇の世界のことなんて全く知らなかったのですが、4 バージョン同時公演という企画のおかげで、演劇の面白さや深さをいろいろな観点から楽しめたように思います。普段から演劇に関して情報収集していたわけでもないのに、このような魅力的な舞台に出会えて本当に幸運でした。

「くろねこちゃんとベージュねこちゃん」観劇

今日、この歳になって初めて演劇を観てきました。
たまにしか書かないこのブログの、およそ 50 日ぶりの記事が観劇の感想になったことに自分でも驚いていますが、何かを書かずにはいられない舞台だったということで。

演目は DULL-COLORED POP という劇団による「くろねこちゃんとベージュねこちゃん」。同じ脚本を 4 人の演出家、4 組のキャストで上演するもので、私が観に行ったのは「谷チーム」による 2 月 20 日(水)19:00 の公演でした。

きっかけは、春名風花さん( @harukazechan )(通称「はるかぜちゃん」)という女優の twitter でした。はるかぜちゃんの twitter は子役だった数年前から(私でも知っているくらい)有名だったのですが、最近またネットで話題になった投稿があり、こんな大変な思いをしてまで演劇に打ち込む人って、一体どんな芝居をするんだろうかと知りたくなっただけです。

つまり(劇団や役者さんには失礼な話かもしれませんが)演劇とはほとんど関係ない好奇心で出かけたのですが、観てみたら本当に面白い舞台でした。開演前はキャストのうち数人がステージ上をプラプラ歩いてたり柔軟体操してたりして、まあクラシックの演奏会で言うところのアメリカン・スタイルみたいな感じだったのですが、(ネタバレを避けるため内容に関する記述は控えますが)開演のアナウンスから切れ目なく劇になだれこんでいき、観ている方もそのままスルスルっと劇中の世界に没入していきました。

劇の内容はタイトルのホンワカしたイメージからは程遠い、笑いと狂気が入り混じった、平凡な人々の(きっと自分の中にもある)闇を暴く物語。「迫真の演技」という表現が陳腐に思えるほど鬼気迫る舞台で、90 分が本当に短く感じました。はるかぜちゃんも、特に怒って叫ぶ場面などは最後列の席で観ていても凄い迫力でしたが、単に勢いにまかせてキレてるだけではなく、ちゃんとメッセージが伝わる凄さがありました。こういう臨場感はやはり生の劇場でないと味わえないでしょう。

劇が終わって我に返ったとき、自分はこんなに真剣に音楽と向き合っているだろうか、このくらい全力で仕事に取り組んでいるだろうか、などと考えさせられもしました。そのくらい密度の高い舞台でした。

自分でも自分の行動が意外すぎて笑ってしまいましたが、終演後にはパンフレットも購入し、いい年こいてサインなんかもらっちゃいましたよ、はるかぜちゃんの。

終わった後に、劇場を出たところで余韻を感じながら Facebook に一言感想など書いていたら、にわかに雨が降りだすという、脚本に通じる見事な自然の演出もあって、とても印象に残る舞台となりました。また近いうちに他の俳優や他の劇団の舞台にも足を運んでみようと思います。

Adobe の「源ノ角ゴシック」フォントいいよね

確か 3 年前くらいから自分のマシンに Adobe の「源ノ明朝/角ゴシック」をインストールしています。スッキリしていて読みやすく、かつバランスが良い書体(しかも無償!)なので好きなのですが、仕事でもそれ以外でも、何かしらファイルを作るときは相手に送ることが前提の場合が多いので、普段は結局無難な「MS P 明朝/ゴシック」あたりを使っています。
先日、年賀状を作るときに(ちょっとだけですが)「源ノ角ゴシック」を使ってみました。
せっかく無償公開されているんだし、インストールも簡単(Mac ならコマンド一発でインストールできる(注 1))ので、もっと広まって欲しいなと思います。
ところでこの記事を書こうと思って Adobe のサイトを見たら、最近「源ノ角ゴシック」がアップデートされたそうで、下記のサイトにアップデート内容が説明されていますが、同じ文字に対して日本語、中国語(しかも繁体字、簡体字に加えて香港向けが別になっている)、韓国語でそれぞれ字形を変えているそうで、開発された方々の工夫と努力には本当に頭が下がります。自分は中国語も韓国語も使えないので当面関係ありませんが。

(注 1) Homebrew cask が導入済みであれば;
brew tap caskroom/fonts
brew cask install font-source-han-sans
brew cask install font-source-han-serif
(訂正)コマンド 3 発でした。
Homebrew の導入もこちらで簡単。
https://brew.sh/index_ja.html
カテゴリー: Mac

SIM フリーの iPhone を IIJmio で使っている人が海外で現地の SIM を入れるときの注意

海外出張で現地の SIM を使いたいのと、いわゆる三大携帯キャリアと契約したくないので SIM フリー iPhone を買って、IIJmio の SIM を入れて使っていますが、現地で SIM を買って入れる際に必ずすべきことがあって、これを忘れていたためにハマりまくったので、備忘のために書いておこうと思います。
(以下、おそらく IIJmio ユーザー以外の方々には関係ない話だと思います。)



IIJmio で iPhone を使う場合、「APN 構成プロファイル」がインストールされているはずです。これは「設定」-「一般」-「プロファイル」の中にあります。これがインストールされている状態で他社の SIM を入れると、電話は繋がるけどインターネットに繋がらないという状態になります。

今回はロンドンで EE という会社の SIM を買いました。説明書には SIM を入れるだけで OK みたいなことが書いてあるだけですが、実際には SIM を入れてからしばらく待つ必要があります。これを知らなかったので SIM を入れても電話すら繋がらなくて焦りました。
しばらくすると EE から SMS が届きます。これが来た時点で電話が使えるようになりました(市内某所に電話をかけて呼び出し音がしたことを確認)。
もし前述のとおり APN 構成プロファイルを削除していたら、おそらくこの時点でインターネットにも繋がったと思いますが、それを忘れていたのでネットに繋がらず、説明書を読み返したり電源を入れ直したりして時間を空費しました。何かの拍子にプロファイルを削除すべきことを思い出し、削除してみたところあっさり解決 (^_^) 。

逆に日本に帰ってきたら、元の SIM に箚し直すだけではなく、当然ながら APN 構成プロファイルを再度インストールする必要があります。したがって海外に行く前に IIJ の Web サイトに行って APN 構成プロファイルが掲載されているページを Safari のブックマークに登録しておくといいと思います。そうすれば帰国後すぐに空港の無料 WiFi でそこに繋いで、簡単にプロファイルをダウンロードできます。

以上、備忘のために書いてみましたが、次に海外に行くときにはここにこんな事を書いたことすら忘れそうです。


反省会(田園都市フィルハーモニー管弦楽団 第 16 回定期演奏会 2018.10.7)

エキストラで参加させていただいた田園都市フィルハーモニー管弦楽団での演奏会の録音をいただいたので反省会など。
最近は録音の CD ができる前に電子データで録音を聴けることが多いので、演奏した時の記憶が薄れる前に聴けて良いですね。



「大学祝典序曲」と「幻想序曲『ロミオとジュリエット』」では 1st を担当させていただきました。いずれも少ない練習回数で急ごしらえではありましたが、メンバーの皆様に致命的な迷惑をかけずに一人分の役目を果たせたという意味では及第点かなと思いました。
「大学祝典序曲」は当日のリハーサルで裏打ちと噛み合わず慌てたところがありましたが、本番では問題なく無難に進行 (^_^) 。全体的にバランスも悪くなく、でしゃばり過ぎていないがちゃんと聴こえているという感じですが、欲を言えば Trb. セクションとしてのまとまりはイマイチな感じで今後の反省点かなと思いました。

個人的に最も難しかったのは『ロミオ〜』で、本番当日までいろいろ不安が拭えませんでしたが、始まってみると本番で最も楽しめたのはこの曲だったかもしれません。練習で一度も間違えなかったところで凡ミスやらかしましたが(14:02 付近)、いきなりフォルテで一発出るところも、変則的なリズムで普段だったらビビりそうなところも迷わず行けた不思議な感覚がありました。これはおそらく結構飛ばしてた金管セクションの皆様のサウンドと、練習段階から始まっていた金井先生の雰囲気づくりのおかげだったのだろうと思います。ある意味、金井先生の術中にうまくハマれた感じがします。
そう思うと前述の凡ミスと、最後の最後でタイミングを探ってしまったのが残念でなりません。最後の音は金井先生とオケの間合いをつかめなかったために一瞬迷いました。あれは迷わずキメたかったところでした。

ドヴォルザークの交響曲第 8 番では普段めったにやらない 2nd を担当させていただいたので、そもそも自分がうまく 2nd にハマれるのかという不安が若干ありましたが、本番までには何とか 1st に追随して自分の居場所を見つけることができました。
録音を聴いてみると Bass Trombone が意外とワイルドに鳴らしてたので(本番中は隣がこんなに鳴っているとは感じていなかった)、もうちょっと自分も鳴らすべきだったかなとか、まだまだ周りを聴けてないないな、などと反省しましたが、まあ全体的には悪くなかったのではないかと思いますし、数少ないメロディラインにはそれなりにメッセージを込める的な吹き方もできたので、自分自身も楽しめた本番でした。

金井先生の棒楽しかったなぁ。


合奏での眼鏡選び

四十代も半ばを過ぎてから使い始めた眼鏡(乱視 + 老眼)にも慣れてきて、最近は一日のうちで眼鏡をかけている時間が長くなってきましたが、楽器(今は主に Trombone と Baritone)を吹くときだけはずっと裸眼でした。理由は主に二つあって、一つめは楽器を吹くときに顔が若干下向きになるので上側のフレームが指揮者とカブって邪魔なこと、二つめは横方向の視界が狭くなるような気がすることです。

これは意外といけるかもと思い、ブラスバンドの練習で Baritone を吹くときにも試してみましたが、これが意外と不快。理由は恐らく指揮者の場所が自分から見てかなり左寄りなのと、オケでの Trombone の時と比べて譜面台が近いためだと思われました。そこでもう一つの眼鏡(デスクワーク用の中近両用)に切り替えたら違和感が減りましたが、本当に合っているかどうかよく分からなくて、合奏中に何度か眼鏡をかけ換えて試しました。

しかし考えてみたら眼鏡プレイヤーは周りにもたくさんいるので、「もしかしたら自分の顔が下向き過ぎるのかも」と思い直して、先日のオーケストラの練習で、むしろ上側のフレームが指揮者に重ならないように意識して、メガネをかけ続けてみたら、意外と何とかなりました。このくらいの距離だと老眼部分の出番はなくて乱視部分のみの使用になりますが、合奏全体をとおして目の疲れが激減し、その結果として体全体の疲れも軽めな印象です。

さらに昨日は別のブラスバンドの練習で Trombone だったので、こちらでも両方かけ換えて試してみました。オケよりもブラスバンドのほうが配置が密集しているために譜面台が近くなり、どちらかというと中近両用の方が合うかな、という感じ。

結局、譜面台の距離に応じて使い分けることになりそうですが、どうもブラスバンドの時の譜面台の位置が、遠近両用と中近両用のそれぞれの守備範囲の間のスキマに入ってしまっているような気がしてなりません。かといって演奏用に新しく眼鏡を作るのもちょっとやり過ぎな感じもします。もうしばらくいろいろ試しながら様子を見ようと思います。


楽しく車を運転できるのはいつまでか

車が趣味とは言いませんが、車の運転は好きです。
別にサーキットに行かなくても、街乗りで普通に交差点を曲がるだけで十分楽しいです。そういった意味では安上がりな奴だと思います。
そんなに特別な車に乗っている訳ではありませんが、これまで所有した車は全てマニュアル・トランスミッションです。
車を運転する時間が最近ずいぶん減りましたが、運転席に座ってエンジンをかけるときは、今日もこの車を運転できるという安心感と、ちょっとした昂ぶりが必ずあります。
昂ぶりすぎても危ないので、このくらいがちょうどいいと思います。

でも、こんな楽しみをあと何年続けられるだろうかと思います。
そのうち世間の自動車は全て電気自動車か何かに移行していくでしょう。ガソリンを入手しにくくなる日も、意外とすぐかもしれません。ガソリンが極端に値上がりするかもしれませんし、電気自動車への移行を後押しするためにガソリン税が法外に引き上げられるかもしれません。そういう状況でもなおガソリン車に乗り続ける行為はもはやマニアとかエンスーの領域に入っていきます。

でも私は電気自動車の運転が楽しくなるとは到底思えないのです。
運転席に座って電源スイッチを入れる行為で昂ぶりを感じる自分を想像できません。そもそも AT 車に乗るだけでも既に相当モチベーションが下がっているくらいですから、レシプロエンジンがついてない車なんて絶望的です。我ながら面倒な奴に育ってしまったものです。

世間の自動車が電気自動車などに移行していくのは、主に気候変動を緩和(mitigation)するためです。
そのような社会に合わせて振る舞いを変えることを、気候変動への適応(adaptation)といいます。そういった意味では、世間の自動車が全て電気自動車になったときに、そこに楽しみを見出して生きていくのも、個人的なレベルでの気候変動適応と言えます。

実は仕事関係では、多くの企業に気候変動適応に取り組ませるにはどうするか、というような議論をしています。しかし気候変動への適応に最も時間がかかりそうなのは自分自身かもしれないのです。自動車メーカーの皆様にはぜひ、運転が楽しく感じられる電気自動車を開発していただきたいと思います。


私が生年月日を非公開にする理由

わざわざ書くほどの事でもないような気もするのですが、某所で話題になったので一応。

 

私は Facebook などのプロフィールで生年月日を非公開にしています。

歳がバレるのが嫌だからではありません。むしろ「意外と _ _ _ _ _ _ ですね」とか言われるのが面倒なので先に知っておいてほしいと思うくらいです。ちなみに 1968 年生まれで現在 50 歳です。

生年月日を非公開にしているのはセキュリティ上の理由です。

(写真は本文とは関係ありません。)

随分前のことになりますが、転居、転職、クレジットカードの引き落とし口座の変更などの理由でクレジットカード会社など複数の金融機関に、何度か電話しなければならない事がありました。オペレーターが電話に出ると最初に本人確認のプロトコルがあります。ここで何を聞かれるかは金融機関によって異なりますが、だいたい自分のフルネーム、住所、生年月日などを聞かれ、これに答えられれば「ありがとうございます、ご本人確認ができましたので…」ということで用件に入ります。

これをどう感じるかは人それぞれだと思いますが、私は「この程度の情報でいいの?」と若干心配になりました。もっと他に聞くことないのかよと。例えば暗証番号とかパスワードとか、最近そのカードで買ったものとか、好きな女優は誰かとか、本人でなければ知らなさそうな事をもうちょっと何か聞いて確認してくれよと思ったのですが、とりあえず生年月日を淀みなく言えれば本人確認をクリアできる可能性が格段に高まるようです。ということは、生年月日を他人に知られるということは、なりすましの被害にあう確率がかなり高くなるという事ではありませんか?

そう思った私は生年月日を公開するのをやめました。もちろん Facebook などではプロフィールの公開範囲を設定できますが、あんなの何らかのバグや設定ミス、予告なしの仕様変更でどうなるものか分かりません。

私が心配しすぎかもしれませんので、他の皆さんに同じようにすべきだと言うつもりはありません。これを読んで心配になったら非公開にすればいいし、心配しすぎだと思ったらそのままにすればいいと思います。むしろ、これが心配しすぎだ(=生年月日くらい知られても何の問題もない)ということを何らかの根拠とともに教えてくれる人がいたら私はとても嬉しいです。

私はこのような考え方ですので、生年月日は非公開にしていますし、Facebook で「今日は _ _ _ _ _ さんの誕生日です」という通知を見ても特に何もしません。冷たいなぁと思われるかもしれませんが、それよりも大事なことがあると今のところ思っていますので。


マレーシアでの怒涛の 2 日間が無事終了

マレーシアに来るのは 3 回目(乗り継ぎのみだったのを含めれば 4 回目)ながらクアラルンプールの街中に入るのは初めてなので、中途半端にアジア慣れして気が緩んで財布を盗まれたりしないように、いつもよりちょっと気をつけて行きました。

今回は BCI アジア地区のカンファレンスで、講演 1 コマとパネルディスカッション 2 コマを務めさせていただき、いろいろな意味で日本では味わえない緊張感が抜けないまま 2 日間を何とかこなした感じです。

講演を引き受けたら参加費がタダになるというので、金に目が眩んで引き受けたものの、日本語でも話したことのない内容で臨んだので、こちらの参加者の方々が興味を持ってもらえるかどうか懸念が残ったまま本番当日を迎えました。加えてパネルディスカッションも日本でよく見られるような予定調和的なスタイル(各パネリストがあらかじめ用意した資料にそって話した後に、打ち合わせ済の質問に答えつつ話を展開する)と違って、その場で質問を投げられたり、参加者からガンガン質問させたりする進行だったので、パネリストとしては気が抜けないセッションになりました。

幸いなことに、見知らぬマレーシア人の方々の中にも頷きながら聞いてくれる人がソコソコおられたし、何人か直接感想を言いに来てくれたので、概ね参加者の方々にとって何かしらプラスになる話ができたようです。

自分の出番が終わった後で、何人かからは結構込み入った質問や相談をされたりしたので、お役に立てて良かったと思うと同時に、自分にとっても勉強になりました。

自分の出番は 2 日目だったので、1 日目は夕食の後に講演の準備や練習をギリギリまで続けざるを得ず、2 日目は終わった後に関係者の夕食に呼ばれて 6 ヶ国宴会で飲み、早朝チェックアウトのためロクに寝られなかったので、無事にクアラルンプールの空港までたどり着いたところでようやくこんな記事を書く余裕ができました。

次回はもう少しゆとりのある日程で来たいなと思いつつ、これからどのような形で業界への貢献を続けていこうかと考え始めています。


とりあえず自分のソロのみ即席反省会

思いのほか早く演奏会当日の録音を聴くことができたので、Donegal Bay を早速反省。

  • 全体的にスムースさが足りない(もうちょっとスムースに吹けてると思っていた)。まず吹き始めの音でちょっとつまずいたので、余計にモタつく感じに聴こえると思う。
  • やっぱり八分音符が若干走り気味。
  • 十六分音符はかなり大事に吹いたつもりだったが録音を聴くと全部短い (^_^; 。こういうところをゆったり行かないと安っぽく聴こえる。
  • 前半の音色が全体的にこもって聴こえる。というか喉で息を押し込んでいるような音。結果的に mp って感じがしない。終盤は地声みたいな音が聴こえるので明らかに息が足りてない(これは演奏中に自覚してた)。音色に関して言えば、Renaissance 中間部の二小節のソロの方が Baritone らしい音を出せていたように思う。ってことはやはりメンタルの問題か。
  • Flugelhorn や Baritone との duo はだいたい合って聴こえる。これは良かった。
  • 途中で崩れかかったところを何とか持ち直すことができたのは良かった。従来なら一旦終わってた。持ち直せたのは精神的に少し余裕ができたからだろうと思う。
  • 最後の 8 小節の出来は本番が一番良かったと思う。ロングトーンであまり不安を感じなくなったのは、やはり精神的にちょっと余裕ができたのと、安東先生から教わったイメージのおかげ。

まあでも初めての金管バンドでの Baritone でのソロにしては及第点だったと思います。