読書メモ『結局、ウナギは食べていいのか問題』(海部健三)読了

リアル本屋でタイトルだけ見て衝動買いした本です。

私は別にウナギに関して特に問題意識を持っていた訳ではありませんが、この本のタイトルを見た瞬間に「そういえばウナギが絶滅危惧種のリストに入ったって話は聞いたことがあるな」「その割にはスーパーとかで普通にウナギ売ってるし、店でも食えるよな」などと考えが巡って、そのまま買ってしまいました。タイトルの付け方って大事ですね。

本書の「はじめに」の最初のページにいきなり書いてありますが、『結局、ウナギは食べていいのか問題』というタイトルの本なのに、結局我々はウナギを食べていいのかどうかという結論については、本書には書いてありません。本書は、ウナギを食べるかどうかは個々人が自分で決める話だという前提で、食べるかどうかを判断するために必要な知識や情報について広範な視点から書かれています。

詳しくは本書をお読みいただきたいと思いますが、本書のポイントはざっくり言うと次のような感じになるかと思います。

  • ウナギが絶滅危惧種のリストに入っているのは事実。現在の状況が続くと絶滅する可能性がある。この点については諸説あるが、絶滅する可能性がある以上、いまから手を打っていかないと手遅れになる。
  • 養殖されたウナギは、野生から捕獲されたシラスウナギを養殖池で育てられたものだが、そのシラスウナギの半分以上が違法に捕獲されている。違法捕獲によって絶滅の可能性が高まるだけでなく、実態の把握が困難になっている。
  • 違法なシラスウナギと合法なシラスウナギは流通や養殖の過程で混ざるため、販売店や飲食店、消費者が違法行為によるウナギを区別することは不可能。高価なウナギの中にも違法ウナギは混ざっている。
  • 全国で、良かれと思って行われているウナギの放流は、野生のウナギや生態系に悪影響を与える可能性が高いので、現状では行うべきではない(ただし、より良い放流のしかたはある)。

したがって、我々のような一般消費者が消費行動によってウナギの持続可能な利用に貢献する、もしくは違法ウナギの廃絶に貢献するような方法は、今のところなさそうです。しかしながら、このような知識や問題意識を持っておくことはそれなりに大事ではないかと思います。

本書でも紹介されていますが、イオン株式会社は 2018 年に「イオン ウナギ取り扱い方針」を定め、2023 年までに 100% トレースできるウナギ(つまり違法行為が関わっていないことが確認されたウナギ)の販売を目指すことを発表しています。

本件に関するイオン(株)のプレスリリースはこちら:https://www.aeon.info/news/2018_1/pdf/180618R_1.pdf

例えば、この取り組みに基づいて 2019 年からイオンで販売されている「静岡県浜名湖産うなぎ蒲焼き」は、浜名湖で合法的に捕獲されたシラスウナギを、他のシラスウナギと混ざらないように養殖したものだそうです。流通大手のイオンがこのような行動に取り組み始めたことで、他の流通各社や養殖業者がこの流れに追随する可能性があります。

このような商品が増えてきたときに、消費者がその意味を正しく理解して、それを選んで買うことが、持続可能なウナギの利用に貢献することになるでしょう。それまでに一般消費者の間でウナギ問題の普及啓発が進むことが大事ということです。

本を読むのは面倒という方でも、著者による「ウナギレポート」という Web サイトにアクセスしていただくと、本書の内容を大まかに知ることができます。

ウナギレポート
http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~kaifu/index.html

ちなみに著者の肩書きは「中央大学法学部准教授・中央大学研究開発機構ウナギ保全研究ユニット長」だそうです。中央大学に「ウナギ保全研究ユニット」という組織があることも驚きですが、持続可能なウナギの消費が法学部の範疇になっていることも意外でした。

 

【書籍情報】

海部健三(2019)『結局、ウナギは食べていいのか問題』岩波書店

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読書メモ『1秒もムダに生きない~時間の上手な使い方~』(岩田健太郎)読了

仕事の関係で岩田先生の書籍を密林で買った時に、自動的にオススメされて衝動買いした本です。

著者の岩田健太郎先生は、新型コロナウイルスの感染者を乗せたクルーズ船に乗り込んでその内情を報告したことで、広く一般に知られるようになった先生です(少なくとも私はこの時まで岩田先生のことは存じ上げませんでした)。

タイトルにもあるように、本書は時間の使い方に関する本ですが、ビジネス本によくある「時間管理術」のような How to 本ではありません。

「第 1 章 時間を削り取る、時間を作る」では岩田先生が時間を有効に使うためにどのような工夫をしているか、どのような行動を実践しているか、また続く「第 2 章 時間を慈しむ」では、生み出した時間をどのように有意義に使っているのか、などが紹介されています。そして「第 3 章 私の時間は何ものか」では、そもそも時間とは何なのか、時間を有効に使うのは何のためなのか、というような観点で岩田先生の考えが述べられています。

岩田先生が実践されているような方法が他の人に合うかどうかは、かなり個人差があると思います。特に、仕事の内容や予定をあまり自分の裁量で変えられない人にとっては、実行するのが難しいものもあります。そのへんは自分に合いそうなものだけ使えばいいと思います。

第 3 章では、第 1 章に書かれているような工夫をして時間を捻出することに、そもそも意味があるのか?という、本書の大前提にかかわるような問いかけをされています。これは、もしかしたら医師として人の命に向き合う仕事だからこそたどり着いた境地かもしれません。また、執筆中に東日本大震災が発生して多くの方々が突如として命を奪われた、ということも恐らく影響しているでしょう。

私のような者がこの本を読んだだけで、このような考え方が 100% 腑に落ちたとは到底言えませんが、限りある人生における時間の意味や価値を、あらためて考えさせられました。そんな、普段あまり気にしていないことをあらためて考える機会をくれた、貴重な本でした。

 

【書籍情報】

岩田健太郎(2011)『1秒もムダに生きない~時間の上手な使い方~』光文社新書

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読書メモ『MMT〈現代貨幣理論〉とは何か 日本を救う反緊縮理論』(島倉原)読了

うろ覚えですが、私が初めて MMT(現代貨幣理論)という理論の存在を知った記事(どこで読んだのかも覚えていません)には、多少不正確かもしれませんが次のようなことが書いてありました。

「銀行が顧客に 1 万円を融資する時に、1 万円の現金を用意する必要はなく、ただ顧客の預金通帳の残高を 1 万円増やせばよい。」

私にとってはとても衝撃的でしたが、でも確かに言われてみればその通りだ、とも思いました。この記事を目にして以来、いつかは MMT についてちゃんと勉強しなければと思っていましたが、ようやく経済の苦手な自分にも理解できそうな本を見つけました。

本書は次のような三部構成になっていて、MMT とは何かを理解するためには、とりあえず第一部だけ読めば十分だと思います。分量にして全体の 4 割くらいです。

  • 第一部 MMT の貨幣論
  • 第二部 MMT の政策論
  • 第三部 MMT から見た日本経済

私の場合は第一部を読み終わった時点で、「ああ MMT ってそういうものだったのか」という実感がありましたし、いろいろ誤解があったことも分かりました。

私にとって最大の誤解は「現代貨幣理論」という言葉の意味にありました。私はてっきり、昔と違ってお金の有り様が変わった(例えばクレジットカードとか電子マネー、QR コード決済、ビットコインなど)ので、そういう新しい取引形態に合った新しい理論が必要だ、という事かと思っていました。ところが MMT の根本は、(私の理解が間違っていなければ)紀元前から使われていた貨幣の目的や機能から考え直したことでした。

子供の頃に、「お金はなぜできたのか」というような本をどこかで読んだと思うのですが、こういう本で説明されていたのは、物々交換が不便だから、それに代わるものとして貨幣が誕生した、というような話だったと思います。全部うろ覚えです。

MMT はそこから否定します。古代メソポタミアでは「割り符」と呼ばれる債務証書が取引に使われており、これが貨幣としての役割を果たしていたことが分かっているそうです。そして、どうも物々交換よりも昔から割り符による商取引が行われていたらしいのです。

このような歴史的事実を踏まえて、MMT では貨幣の起源は「債務証書」だと考えています。これは私にとっては根本的な発想の大転換ですが、本書を読んでいくと納得できます。ここまで読んだ時点で既に目からウロコが落ちまくりです。

こんな調子で論理展開していくと、次のような考え方が導かれます。この記事では途中のプロセスを書かないので、これだけ読んでも理解不能だと思いますが、本書ではこれらを私でも納得できるように書いてあります。

  • 国民がその国の通貨を持ちたがるのは、その通貨で納税しなければならないからだ
  • 自国通貨を発行する政府は債務不履行にならないから、自国通貨建ての国債をいくら発行してもいい(ただしインフレになりすぎないようにするためには限度がある)
  • 全ての経済主体(家計、企業、政府など)が全て同時に黒字になるのは原理的に不可能だから、家計や企業が黒字を維持するためには政府の財政は赤字になるのが正常な状態

第二部以降は政策論であり、正直言って私にはついていけない部分が多いので、かなり読み飛ばしましたが、それでもいくつか納得できた話がいくつかありました。例えば税金について、MMT では税金の機能を次の 4 つだと考えています。

  • 通貨の購買力安定を促進する
  • 所得と富の分配を変える(累進所得税、相続税)
  • 悪い行動を防止する(酒税、タバコ税、環境税など)
  • 特定の公的プログラムのコストを受益者に割り当てる(ガソリン税、高速道路料金など)

そして、これらに当てはまらない消費税、法人税、社会保障税を全て「悪い税」と考えています。巷で MMT 論者の方々が消費税増税に反対されているのは、ここに理由があったのかと納得できます。

私自身は政策論には疎いので、本書に書かれているような MMT に基づく政策論が正しいのか(日本にとってプラスになるのか)は正直よく分かりません。しかしながら、現在日本経済でみられる現象が、MMT を使ったほうが合理的に説明できるという部分はかなり納得できました。

そういう訳で、第二部、第三部の内容は半分も理解できておりませんが、MMT に関してかなり理解した気分になることができたので、良い本だと思います。

 

【書籍情報】

島倉原(2019)『MMT〈現代貨幣理論〉とは何か 日本を救う反緊縮理論』 角川新書

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読書メモ『イージス・アショアを追う』(秋田魁新報取材班)読了

この本は、秋田市にある陸上自衛隊の新屋演習場がイージス・アショアの配備場所候補となったことに関する、秋田魁新報社における取材プロセスが克明に記録されたものです。この問題が広く知られるようになったきっかけは、2019 年 6 月 5 日付の『適地調査、データずさん』というスクープ記事で、この記事を含む一連の報道は 2019 年の新聞協会賞を受賞しています。

秋田魁新報『イージス配備、適地調査データずさん 防衛省、代替地検討で』
https://www.sakigake.jp/news/article/20190605AK0001/

ここで「ずさん」とされたデータとは、新屋演習場がイージス・アショアの配備に適していることを説明するために防衛省が作成した調査報告書の中で、候補地と近傍の山との位置関係を示す図に初歩的なミス(恣意的な改変の疑いがある)が含まれていたというものです。この「ミス」が明らかになったことをきっかけとして、地元の反発が急激に高まり、その後の参院選では自民党現職候補が落選、本件に対する態度がはっきりしなかった県知事でさえ「全部最初から、一から、そもそも論から」検討をやり直さなければならないという趣旨の発言をせざるを得なくなりました。

全部で 299 ページある本ですが、本文は 202 ページまでであり、残りは実際に掲載された記事の転載と関連年表となっているので、資料としての価値もあるように思います。

私自身もあのスクープ記事を読むまで、イージス・アショアの問題にはほとんど関心がなかったのですが、そんな私にとっても非常に分かりやすく書かれていると思いました。その理由は恐らく、取材班がどういう理由で何に着目し、何を疑っていたのか、などが丁寧に書かれていたからではないかと思います。

読み終わったところで特に印象に残ったのは、主に次の 2 つでした。

1. あのスクープが生まれるまでの地道な調査報道にこそ価値があった

私は、スクープというのは他の誰もが知らない情報を入手できたときに生まれるものだと思っていましたが、あのスクープの元になっている情報は既に公開されていたものです。したがって他紙などが先に気づく可能性もありました。しかし、秋田魁新報取材班はそれまで地道な調査報道を続けていたからこそ、この調査報告書が「宝の山」だと認識して丹念に読み込み、説明図の欠陥に気づくことができました。

スクープ記事の掲載に関する経緯が書かれているのは第 5 章(142 ページ目から)ですが、ここにたどり着くまでの間に、取材班がどのような問題意識を持っていたのか、地元でどのような動きがあったか、市民の方々がどのように感じていたか、などが丹念に綴られています。このような背景を知ることによって、あのスクープ記事のインパクトの大きさが改めて分かります。

2. 情報公開に関する日本とアメリカとの違い

政府は県や市に対して、イージス・アショアが日本を守るために必要だと説明していますが(そして今でもこの説明方針は変わっていないと思いますが)、取材班は新屋がイージス・アショアの配備候補地になっていることが判明して以来、早い時期からこの点に疑問を抱いていました。そして調査の結果、米国の政策に影響力をもつシンクタンクが、日本にイージス・アショアが導入されることが米国の安全保障に寄与するという趣旨のレポートを 2018 年 5 月に発表していることを見つけました。このレポートは当時から公開されており、下記リンク先で読めます。

CSIS: Shield of the Pacific: Japan as a Giant Aegis Destroyer
https://www.csis.org/analysis/shield-pacific-japan-giant-aegis-destroyer

導入する側の思惑と思われるものが既に公開されているにもかかわらず、それを認めない日本政府の姿勢と、このような政策提言がオープンに行われている米国との違いがとても対照的に描かれているように思えて、とても印象的でした。

 

これら以外にも、この報道が地元の新聞社だからこそできた部分や、地方紙であるがゆえに苦労した部分などが詳細に描かれており、面白くて思わず一気読みしてしまいました。

なお、この記事を書いている 2020 年 2 月の時点ではまだ配備計画に関する結論がでていないため、本件に関する取材活動もまだ続いています。本書の終わり方が物語のエピローグ的な終わり方になっておらず、まだまだ明日からも仕事が続くぞという感じで終わっているのは、そのような事情が関係しているのではないかと思います。しかしながら本書の最後に、かつて取材に応じてくれた地元の主婦との間のエピソードが置かれているのは、一連の取材活動が地元目線で展開されていることの証左であろうと思います。

本書を読んだ今、私の地元の新聞社も、このような調査報道を行う志やリソースがあるだろうか?と思わずにはいられません。

蛇足ですが、個人的には私の尊敬する柳田邦男先生へのインタビュー記事が載っていたのが、予想外の喜びでした。私が「調査報道」という言葉を初めて知ったのは 30 年以上前、高校生の時に柳田先生の著書を読んだときなので、「調査報道」という言葉を聞くと今でも柳田先生を連想します。そのような私にとっては別の意味でも価値のある本となりました。

 

【書籍情報】

秋田魁新報取材班(2019)『イージス・アショアを追う』 秋田魁新報社

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