読書メモ『黄金比の縁』(石田夏穂)

小説なんて普段全然読まないし、前に読み終えた小説が何だったか、何年前だったか全く思い出せないような私が、面白くてグイグイ引き込まれて一気に読み終えてしまいました。

エンジニアとして「(株)K エンジニアリング」に入社した「私」(小野さん)は、些細なきっかけで「会社の不利益になる人間」と見なされ、人事部に左遷されて採用担当となります。これを機に「私」は会社への復讐として、「会社の不利益になる人間」となる人を採用し続けることを決意するのですが、大量の就活生の中から「会社の不利益になる人間」を見極めるときの判断基準として「私」が使うのが、顔面の黄金比です。

舞台となっている「(株)K エンジニアリング」は、絵に描いたような伝統的日本企業で、こういう企業に勤める二十〜三十代の女性が直面しそうな出来事が、リアルかつ皮肉たっぷりに描かれています。それなりにデフォルメされているとは思いますが、企業の採用担当者の本音トークみたいな部分もあり、リアルさとユーモアとのバランスが絶妙だと感じました。

あまり詳しく書くとネタバレになるので詳細には触れませんが、人事部に左遷されてもエンジニアとしての矜持を持ち続ける「私」のキャラクターが本書の魅力の源なのではないかと思います。スルスル読んでいけるテンポ感と、味わいのある描写との相乗効果が魅力的で、何とも言えない読後感が印象的な本でした。

【参考 1】『黄金比の縁』刊行記念インタビュー 石田夏穂「人間が人間を選ぶことの胡散臭さ」
https://www.bungei.shueisha.co.jp/interview/ogonhinoen/

【参考 2】私がこの本を買うきっかけになった「ポリタス TV」の動画(31:57 以降)

【書籍情報】

石田夏穂(2023)『黄金比の縁』集英社

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読書メモ『ぜんぶ運命だったんかい――おじさん社会と女子の一生』(笛美)

本書は、2020 年 5 月に twitter で広まったハッシュタグ「#検察庁法改正案に抗議します」を作った方が、広告代理店に新卒入社してから、いかにしてフェミニズムに目覚め、そして前述のハッシュタグに至ったかを、自らの手で語った本です。

たまたまポリタス TV で本書のことを知り、kindle で即買いし、2 日間で(読書の遅い私にとっては)あっという間に読み通してしまいました。

 

本書に書かれている内容は、主に著者が企業に入社した後から 2020 年末に、前述のハッシュタグが twitter トレンド大賞で第 2 位に入賞するまでの、おそらく 10 年弱くらいの話ですが、著者はその期間の大部分を、自分が差別されていることを自覚せずに過ごされています。その間に経験した様々な苦労や不満、不快な経験、挫折などが、かなり具体的に描かれていますが、これらが性差別とか、構造的な問題であったことをあまり認識されていなかったようです。

これは、現在の著者がフェミニストであることを知った後で読んだ私にとっては、とても意外でした。もっと以前から性差別や、著者の言うところの「おじさん社会」に対して具体的に不満を持っていたのかと思っていたのですが、そうではなかったのですね。

しかしながら、あえてこれらの問題を認識していない時の目線で、当時の経験が具体的に描かれることで、今でも同じような境遇の(つまり構造的な問題の犠牲になっていながらそれに気付いていない)人が世間には大勢いらっしゃるのだろう、ということが生々しく想像できました。

読み物としては、著者がフェミニズムに出会い、様々な活動を始めた後のほうが面白いかも知れません。そういった観点からは、前半部分はクライマックスのための布石というか伏線のようにも見えます。しかし五十代前半男性の自分にとっては、前半部分の方がいろいろ考えさせられる内容だったと思います。

本書の前半部分は、いかに「おじさん社会」に組み込まれた女性が様々な局面で苦労を強いられるか、そしてそれに対して男性がいかに無自覚か(もしくは意図的に無視しているか)、いろいろな観点からの問いかけの連発でした。私自身、会社員時代を思い出しながら、いろいろ考えさせられました。

かつて私が企業に勤めていた当時でさえ、社内でハラスメント防止教育などがあったくらいですので、現在では企業内でもジェンダー平等に関する研修など、ある程度行われているのではないかと思います(そうあってほしい)。本書の前半部分は、そのような研修でのケーススタディのための教材として、ほぼそのまま使えるのではないかと思いました。

 

私のような中年男性や政治家、今まさに構造的な問題から抜け出せなくて苦労されている方々など、多くの方々に読んでいただきたいと思える本です。この本を読むことで、これらの問題の深刻さや、問題を生む構造を変えていく必要性があらためて分かるとともに、「フェミニズム」に対する印象や考え方も変わるかもしれません。

 

……と思って先ほど Amazon のレビューを見たら、批判的なレビューが本当に酷いですね。

まあだいたい話題になる本のレビューというのは、高評価と低評価が極端に分かれるものだと思いますが、批判的レビューの内容をちょっと見たら、「ああこの人達には伝わらないよなぁ…..」と遠くを見つめる感じになりました。難しいですね。

 

【書籍情報】

笛美(2021)『ぜんぶ運命だったんかい――おじさん社会と女子の一生』亜紀書房

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読書メモ『オバマ 広島演説』

(本の性格上「読書メモ」というタイトルを付けるほど読んではいないのですが…..。)

 

これを買ったのは、確か 2 年ほど前に仕事で広島に行ったときです。

前泊が必要なスケジュールだったので、どうせ前泊するならと前日の朝に出発して、広島平和記念公園に行き、広島平和記念資料館国立広島原爆死没者追悼平和祈念館を見学しました。そのとき帰りがけに広島平和記念資料館の売店に立ち寄った際に目に止まったのが、この本です。

この本には 2016 年 5 月 27 日にオバマ大統領(当時)が広島を訪問した際の演説に加えて、2009 年 4 月 5 日にプラハで行われた、核兵器廃絶を訴える演説が収録されています。英語の原稿とその和訳(見開き対訳)が収録されており、これが録音された CD も付属しています。さらに購入後にこの本の PDF 版をダウンロードできるようになっています。

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実は大昔に野口悠紀雄先生の『超英語法』という本を読みました。この本から学んで役に立ったことはたくさんありますが、全て実践できたわけではありません。そして、この本で推奨されている勉強法なかで私が実践しなかったことのひとつが、「アメリカ大統領の演説を丸暗記する」という方法でした。

なぜこの方法が良いのか、理由を知りたい方は、野口先生の本を読んでいただければと思いますが、もともと暗記モノが苦手な私は、良い方法だとは思いながら手を出せずにいました。

そんなことが何年も前からずっと引っかかっていて、いつかはやらなければと思っていたところで、この本を見つけてしまいました。

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とりあえず耳から入ろうと思って、車に乗るたびにこの CD を何十回も聞きましたが、もともとリスニングが苦手なこともあって、あまり頭に入りませんでした。ひとつだけ言い訳をさせていただくと、広島での演説は話し方が非常にゆっくりで、フレーズの途中でもブツブツ区切って話しているので、原稿を見ずに聞いてるだけだとセンテンスの切れ目が分かりにくく、私には正直つらいと思いました。

しかし改めて原稿を読んでいくと、被爆者に寄り添いながら、世界平和や核兵器廃絶を目指す決意を語る、優しくも力強い演説だと分かります。これは暗記する価値があります(できるかどうかは……)。

まさかこの演説の翌年に、このような思慮深い演説ができそうもない人が大統領になるとは思ってもいませんでしたが。

 

なお、個人的には後半のプラハでの演説のほうが断然聞き取りやすいと思いました。広島の演説と違ってブツブツ切らずに、テンポよく話されているからだと思います。また広島の演説のように厳粛な場ではなかったと思われ、聴衆の歓声(特に女性とおもわれる声)や拍手も入っていて、盛り上がっている感じも面白いです。

特に終盤に向けてだんだんヒートアップしていって、最後に「Together we can do it.」と締めくくるところで盛大な拍手喝采となる部分は、なかなか感動的です。これも丸暗記したい。

 

【書籍情報】

CNN English Express 編集部(編)(2016)『オバマ広島演説』朝日出版社

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読書メモ『数学ガールの秘密ノート/確率の冒険』(結城浩)

私は学生時代から数学が苦手です。高校の途中まではそのような苦手意識はなく、むしろ得意な方だと思っていましたが、高校の数学で微分方程式やラプラス変換がサッパリ分からずに挫折して、そこから立ち直ることができませんでした。

ところが数学が苦手であるにもかかわらず物理は得意でしたが、先生からは「普通はそういうのはあり得ない」と言われました。数学は物理現象を表現する言語なので、数学がわからないのに物理が得意な訳がない、ということだったのでしょう。実は高校の物理の教科書で、本来は微分・積分を使って説明すべきものが、(学習の順序が逆であるため)あえて微分・積分を使わない方法で説明されていることを知ったのは、大学に入った後でした。

大学は理工学部機械工学科に進学しましたが、当然ながら数学で苦労することになります。高度な微分・積分や微分方程式、フーリエ級数などが必要となる科目(流体力学、振動工学、伝熱工学など)については単位を取れませんでした。
(それ以外の科目のおかげで無事に卒業はできました。)

前置きが長くなりましたが、そのくらい数学に根強い苦手意識を持っている私にとっても、本書は読みやすく分かりやすいと思いました。特に、確率を考える上で間違えやすいポイント(例えば、どこからどこまでを「全体」と考えるのか、など)の説明が、これ以上丁寧に説明できないと思えるくらい丁寧です。

確率に関する数式(「∩」や「∪」を含むやつ)が使われていますが、このような数式が苦手であれば、数式の部分を読み飛ばしても、大事な部分は理解できると思います。

また、時節柄ということもあるでしょうが、病気の検査に関する説明にもかなりの分量が割かれています。本書中では「新型コロナウイルス」とか「PCR 検査」という言葉は使われていませんが、ある検査で陽性だった人が実際にその病気にかかっている確率を、その検査の感度と特異度を考慮して求める、という例題に基づいた説明があります。こういう問題を理解した人が増えると、闇雲に PCR 検査対象を広げることの害悪がもう少し世間でも認識されるのではないかと思います(もちろん、感染の疑いがある方や濃厚接触者の方などに対する検査体制は充実すべきだと思います)。

 

ちなみに PCR 検査の感度や特異度に関しては、下記のページに詳しい説明があります。

東京大学 保健・健康推進本部 保健センター Web サイト:
http://www.hc.u-tokyo.ac.jp/covid-19/tests/

 

著者の「数学ガール」シリーズは既に多数出版されていますが、自分が高校生くらいのときに、こういう本があったら良かったと思える本です。まだ本シリーズには微分方程式とかラプラス変換などを扱う本は無いようですが、もしそのような本が発行されたら、私の数学コンプレックスも少しは軽くなるかもしれません。今さらですが。

 

【書籍情報】

結城浩(2020)『数学ガールの秘密ノート/確率の冒険』SBクリエイティブ

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読書メモ『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ! 』(西浦博・川端裕人)

本書は、2020 年に発生した新型コロナウイルスのパンデミックに際して「8 割おじさん」として突如有名になった、京都大学の西浦博教授(当時は北海道大学教授)に、作家の川端裕人氏が数回に分けて実施した Zoom でのインタビューで聞き取りを行った内容をもとに書き起こされたものです。また最後に雑誌『中央公論』2020 年 12 月号に掲載された両名の対談記事が、加筆・再構成されて収録されています。

西浦先生はクラスター対策班の活動を中心に激務をこなされた上に、政府や自治体、一部の専門家、一般市民など各方面から名指しで批判されたり、脅迫や殺害予告を受けたりと、大変な思いをされています。そのような経験をしてもなお感染拡大防止に関する対策や研究に尽力され、さらにはこのような本を世に出して下さって、本当に有難いことだと思います。

本書では、2019 年 12 月の終わりに中国で新しい感染症が発生していることが分かった直後から、俗に専門家会議の「卒業論文」と呼ばれている資料が発表された 6 月 24 日までを中心に、西浦先生ご自身およびクラスター対策班や、専門家会議などの活動内容が詳細に綴られています。また、西浦先生から見えた範囲での政府や自治体の動き、政治家や官僚の言動などについても具体的に記述されています。国内で新型コロナウイルス感染者が発生して以来、政府や専門家会議からいろいろな情報やメッセージが発出され、また政府や自治体によって様々な施策が講じられてきましたが、それらの舞台裏がかなり具体的に明らかになっている貴重な本だと思います。

特に私の印象に残ったのは、3 月 30 日に東京都知事が記者会見で発表した、夜間の外出自粛の呼びかけに関するやりとりの場面です。3 月 24 日に西浦先生が都知事と面会して本件について進言した際、都知事や秘書などから「先生がこれを発表してくれますか?」と言われ、西浦先生はその場でこれを承諾します。しかし厚労省は、これを西浦先生が発表すると厚労省を代表して発言しているように伝わってしまうことを懸念して、これに待ったをかけ、発表の方法(どちらが発表するか)や表現などについて延々と都との間で調整(?)し、30 日にようやく都からの発表ということで決着します。この原因が両者の消極的な姿勢によるものなのか、法律や制度の不備などによって責任の所在が不明確だからなのか、私には分かりませんが、結果としては 5 日程度の時間を空費しているように思えます。現在でも政府と自治体との間で似たようなことが発生していると思われるシーンが度々見られますが、このような問題は当分解決することは無さそうです。

また、本書の中で西浦先生が比較的多くの分量を割いておられるテーマのひとつは、本件に関するリスクコミュニケーションの大切さや難しさだろうと思います。西浦先生はご自身がリスクコミュニケーションに関して失敗したと自省しておられると同時に、政府や自治体、専門家会議などにおけるリスクコミュニケーションに関する課題について問題提起されています。これについては、情報の出し方が改善されるべきであることはもちろんですが、コミュニケーションが情報の出し手と受け手との間での双方向のやりとりである以上、情報の受け手である私たち一般市民も改善していくべきことが、たくさんあるはずで、本書を読むことが、リスク情報の受け手として、より良いリスクコミュニケーションを目指す上でも大変役に立つのではないかと思います。少なくとも私自身にとっては大変勉強になりました。

 

なお、本書を知るきっかけとなったのは岩田健太郎先生のブログでした。本書が発行された直後にブログにて紹介してくださったおかげで、私も早い時期にこの本を読むことができ、大変感謝しています。

 

【書籍情報】

西浦博・川端裕人(2020)『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ! 』中央公論新社

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読書メモ『丁寧に考える新型コロナ』(岩田健太郎)

私がこの本を買った最大の理由は、巻末に収められている西浦博先生との特別対談を読みたかったためでした。そして実際に読んでみたところ、この対談のためだけに買う価値のある本だったと納得しました。紙媒体でのページ数は分かりませんが、kindle だと全体の分量の三割弱が特別対談に割かれているようです。

西浦先生(「8 割おじさん」として有名になった京都大学教授)との対談では、感染症に関する数理モデルや、病院や保健所を中心とした感染症対策の現場の状況、政府の施策やこれに関する議論などについて、お二人が意見交換されています。お二人とも専門分野や立場が異なるので、物事の見え方も当然異なっていると思いますが、そのような違いをお互いに認めた上で対話されていることもあって、お二人のご経験や、見聞きされたこと、ご自身の考えなどが具体的に語られており、とても勉強になる内容でした。

本書は新型コロナウイルス感染症について、校正時点(2020 年 8 月末)までに分かっている事実に基づいて、タイトルの通り丁寧に、私のような素人に対しても分かりやすいように書かれています。

本書の冒頭で「はじめに」で述べられているとおり、「分かりやすく説明する」ということに関して、誤解されている方が(特にメディア関係に)多いのではないかと思います。これまで岩田先生の著書を数冊と、ブログの記事をいくつか読ませていただいていますが、長い文章を読むことに慣れていない(もしくは最近あまり文章を読まなくなった)人にとっては、岩田先生の説明は長ったらしく感じるかもしれません。気が短い方なら最後まで読む前に「で、結局のところどうなの?」と聞きたくなるでしょうし、テレビなどでは(時間的な制約もあるとは思いますが)その結論のところだけ手っ取り早く伝えられることが多いのでしょう。しかし、その結論だけ聞いて「分かった」つもりになってしまうのは、思考停止を招きかねないのではないかと思います。

新型コロナウイルス感染症はまだまだ未知の部分が多く、かつ各自が考えながら適切な判断・行動をしなければならない状況が当分続くでしょう。そのような状況を生き延びていくためには、正しい知識とともに、新しく入ってくる情報を理解し取捨選択するためのリテラシーが必要なのだろうと思います。そのようなリテラシーを身につけるための、検査や感染防止方法などに関する基礎知識が、本書では丁寧に説明されています。

本書が発行されたのは今年の 10 月下旬ですが、今の時期にこの本を読めて本当に良かったと思いました。

 

【書籍情報】

岩田健太郎(2020)『丁寧に考える新型コロナ』光文社新書

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読書メモ『積読こそが完全な読書術である』(永田希)

全国の積読er に勇気を授ける、コペルニクス的転回とでも言うべき本です。

 

タイトルだけ見てすぐ購入しましたが、この本そのものをしばらく積読していました。
(kindle 版ですので物理的に積んではいませんでしたが。)

さらに、読み終わってからこの記事を書くまでしばらく間があいたので、ある意味、二重に積読したような気分です。

 

私自身も普段から積読が多く、買うときには「これは絶対読まなければ」と思って買うものの、その後忙しくなったり他の本に興味が移ったりしている間に、買った本を読むモチベーションが下がっていくという現象の繰り返しなので、何となく罪悪感を感じつつも、そのような習慣から抜け出せずにいました。

ところがこの本の著者は積読を完全に肯定しています。そもそも本はどのように生まれたのか、本の存在意義は何か、というところまで立ち戻って考察した上で、「積読は、書物の本質的な在り方のひとつ」とまで言い切っています。

実はこの本は積読に関して著者の考え方を語るだけではなく、様々な読書法や、断捨離、こんまりといった整理法、kindle などの電子書籍やインターネットの発達によって紙の本がなくなるのかどうか、などといった様々な観点から、多数の書籍や資料を引き合いに出しながら、本を読むという行為を(そこまで考える必要があるのか?と思うくらい)多面的に考察されています。

著者は、良い積読とは「情報の濁流のなかに、ビオトープを作る」ことだと主張しています。そして、積読は読書の時間を割けない怠惰な者や、前後の見境なく本を買ってしまう節操がない者によるネガティブな行為ではなく、「増殖を続け自ら崩壊していく情報の濁流」の中で自らのビオトープを作って運用する、主体的な行動だと説いています。

言われてみると自分の積読状況も、新しい本を買っては引っ越しのたびに不要な本を処分するという行為を繰り返して、確かにビオトープ的になっています。本書を読む前の私は、自分の積読について考えるときには、一度も読まずに古本屋などで処分した本の方ばかりに意識が向いており、これが罪悪感に繋がっていたのですが、これからは自分の周りに残った本に意識を向ければ良いということに気づきました。

これを読んだら実にスッキリして、これからも堂々と本を積もうと思いました \(^_^)/ 。

 

【書籍情報】

永田希(2020)『積読こそが完全な読書術である』イースト・プレス

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読書メモ『絵でわかる感染症 with もやしもん』(岩田健太郎)

感染症全般について、医療従事者でなくても知っておいたほうがいい知識が、おそらく網羅的に、医学的な知識がない人でも読めるように書かれている本です。

ただし、「絵でわかる」シリーズの本ではありますが、本書に関しては正直言って絵では分からないと思います。要所要所に「もやしもん」のイラストやマンガが挿入されていて雰囲気がなごむ感じはありますが、絵でわかることを期待して買うと後悔するかもしれません。基本的には文章を読んで理解する本です(でも本書のイラストやマンガは好きです)。

本書は次のように 5 章からなっており、特に第 1 章、第 2 章の序盤、第 5 章あたりは、医療従事者や専門家でなくても知っておくと有益な知識だと思いました。

  • 第 1 章 感染症の全体像
  • 第 2 章 抗菌薬を理解しよう
  • 第 3 章 症候からアプローチする感染症
  • 第 4 章 微生物からアプローチする感染症
  • 第 5 章 特別な問題

本書によると、医療従事者でも感染症やその治療方法にあまり詳しくない方々も多いようですが、本書を読むと、非常に多くの病気や症状にウイルスや細菌などが関わっていることが分かります。このような知識を持っておくことは自己防衛に役立つと思います。

例えば、お医者さんに診てもらったときに抗菌薬(抗生物質)を処方されたときに、それが適切な処方なのか、お医者さんが「とりあえず」処方しといたという感じなのか、疑問を持ったほうがいいかもしれませんし、場合によってはセカンド・オピニオンを求める必要があるかもしれません。本書を読むことで、そのような疑問を持つきっかけを得ることができます。

第 2 章の途中から、微生物や感染症、薬の名前が大量に出てきますので、こんなもの到底覚えられませんし、私もかなり読み飛ばしましたが、ざっと流し読みして何が厄介なのか、どういうことが起こるのかなどを何となく知っておくだけでも、多少は意味があるように思います。

なお、多くの図とともにレイアウトされた kindle 版の難点で、マーカーを引いたりテキストで検索したりできないのですが、本書には巻末に 5 ページにわたって索引があるので、恐らくほとんどの微生物や感染症の名称から解説を探すことができると思います。とりあえず全体にざっと目を通しておいて、後から必要に応じて知りたいところをピックアップして読むという使い方もできそうです。

私自身は過去の SARS や新型インフルエンザ、そして最近の新型コロナウイルスなど、感染症が流行(もしくはそのような懸念が発生)したときに、これらの感染症に関するニワカ勉強と情報収集をしてきましたが、本書のような基礎知識を先に持っておけば、理解のしかたも違ったと思います。今後も新型コロナウイルスに関する情報収集を続けていく上でのベースとして、本書が役に立つと思います。

 

【書籍情報】

岩田健太郎、石川雅之(2015)『絵でわかる感染症 with もやしもん』講談社 KS 絵でわかるシリーズ

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読書メモ『新型コロナウイルスの真実』(岩田健太郎)

著者の岩田先生が本書のタイトルにどのような意味を込められたのかは分かりませんが、本書に新型コロナウイルスの真実がバッチリ書いてある訳ではありません(書けるわけがありません)。ですから個人的には、ちょっとタイトルに胡散臭さを感じ、最初は買うつもりがありませんでした。

しかし twitter で本書の内容に言及された投稿があったので(具体的にどのような投稿だったかは忘れました)、あらためて買って読んでみたところ、新型コロナウイルスの真実を知るために必要な知識や考え方などが書かれていることが分かりました。

本書の構成は次のようになっています。

  • 第一章 「コロナウイルス」って何ですか?
  • 第二章 「あなたができる感染症対策のイロハ
  • 第三章 ダイヤモンド・プリンセス号で起こっていたこと
  • 第四章 新型コロナウイルスで日本社会は変わるか
  • 第五章 どんな感染症にも向き合える心構えとは

第一章と第二章は、新型コロナウイルスやその感染症対策、さらにはその前提として必要な感染症全般に関する基礎知識が、専門外の人にも分かるように解説されています。

最近は新型コロナウイルスの流行状況や対策方法に関する情報が Web やマスコミなどから大量に流れてきますし、対策方法や政府などの施策に関する議論や論争もあちこちで行われていますが、本書の内容を知っている人と知らない人とでは、情報の受け取り方も変わるでしょうし、議論も噛み合わないのではないかと思います。

例えば、日本でもっと PCR 検査を増やすべきだという主張が多く見られます。そのような主張をしておられる方々が、本書に書かれているような基礎知識を持ち合わせているかどうかは、かなり疑問です(ということも本書を読んで分かりました)。

少なくともマスコミで新型コロナウイルスに関する記事を書いたりテレビで話したりするような人は、少なくとも本書の第二章までは読むか、これらの範囲に相当する知識を身に着けていただきたいと思います。もし「岩田先生の話だけを鵜呑みにするのもいかがなものか?」と思われるのであれば、他の専門家が書いた本を並行して読まれればいいと思います。それで少なくとも話の前提が変わるはずです。

ただし、この本は 3 月中旬までに書かれた本なので、新型コロナウイルスに関しては、これ以降に分かったことが反映されていません。この点には注意して読む必要がありますし、4 月以降に判明したことは読者自身の責任で知識をアップデートすべきであろうと思います。

また第三章では、集団感染の現場となったダイヤモンド・プリンセス号で岩田先生自身が見た状況をもとに、感染管理のためにすべきこと、やってはいけないことが書かれています。なお、ここでは岩田先生が船に入って 2 時間くらいで追い出された経緯が書かれていますが、簡単にまとめると次のような状況だったそうです。

  1. 厚生労働省の官僚からは、DMAT の○○先生の下で働け、感染管理はやるな、と言われて船内に入った
  2. 船内に入ったら、その○○先生からは「そんな話は聞いてない」と言われて DMAT のトップの先生を紹介された
  3. DMAT のトップの先生に会ったら、感染管理をやってくれ、好きなことを全部やっていい、と言われた
  4. そこで本気で現状の問題点を指摘しだしたら、出て行けと言われた(誰からの指示なのかは不明)

以上はあくまでも岩田先生の側から見た経緯ですので、厚生労働省側に取材したら別の事情が分かるかもしれませんが(そんな取材ができるとも思えませんが)、いずれにしても、いかに情報共有ができていなかったか、指揮系統が混乱していたかが想像できます。緊急事態対応のケーススタディにも使えそうな事例のように思えました。

第四章、第五章は我々が今後どうすべきかを考えていくための内容と言えます。本書に答えが書かれているわけではなく、読者自身が自分で考えるための道標やヒントといった感じです。

世間には「答え」を手っ取り早く知りたがる方々が一定程度おられますが、本書はそういう「答え」を求める方々を突っぱねるような書き方になっていると思います。そもそも、誰も経験したことのない新興感染症のパンデミックを乗り越えるための答えが、本を読んだりセミナーを聞いたりするだけで手に入るわけがありません。ひとりひとりが知識や情報を集めながら考えていくしかないんです。そういう姿勢に共感したという意味でも、読んでよかったと思えた本でした。

【書籍情報】

岩田健太郎(2020)『新型コロナウイルスの真実』KK ベストセラーズ

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読書メモ『学校では教えない 「社会人のための現代史 」池上彰教授の東工大講義 国際篇』(池上彰)

私は中学、高校とも社会科では日本史を選択したので、世界史を網羅的に勉強した事がありません。また日本史にしても、縄文時代あたりから順にやって、確か太平洋戦争あたりで年度末を迎えて時間切れになったため、日本史に関しても現代史はほとんど勉強していません。

本当はそういう欠落した部分を自分で勉強すべきなのでしょうが、いいかげん大人になったというのに、そのような勉強を怠ってきました。

この本はそのように知識が欠落していた範囲の一部を、非常に効率よく埋めてくれました。また、説明の分かりやすさには定評のある池上彰の文章のおかげで、短時間で通読できました。

短時間で世界の現代史を概観できた結果、読後感として最も大きかったのは、「自分は今までこんなことも知らなかったのか」ということでした。例えばベトナム戦争の経緯は大雑把に知っていましたが、カンボジアとの関係は知りませんでした。天安門事件は知っていましたが、それが発生した背景や、その後の中国で何が起きたか、などは詳しく知りませんでした。こういう知識を持っているのといないのとでは、ニュースを読んだときの認識が大きく異なるはずで、なんで今までこんなことも学ばなかったのか、と後悔しましたが、今さらながらこの本のおかげで学べて良かったと思います。

また、この本を読んだ後に強く感じたのは、欧米諸国の身勝手さです。中東情勢が混乱している原因の一つは、イギリスとフランスがシリアあたりの国境を適当に引いたことですし、その後もアメリカ、ロシア(ソビエト)が自国にとって都合のいい勢力にテコ入れした結果、紛争が激化したり、政府が崩壊したり、テロが多発したりしています。こんな身勝手な話はないでしょう。もちろん、それを理由に IS の行為を正当化するつもりはありませんが、いま世界で起きていることを理解する際には、これらの経緯を知った上で、背景も含めて理解しなければならないということを再認識しました。

もちろん、この本に書いてあることだけが全てではないと思いますので、この本で知ったことを足がかりとして、さらに勉強していかなければならないと、あらためて思いました。

なおこの本には、様々な戦争が始まった原因、戦争の成り行き、戦後処理に関する説明が多数含まれていますが、戦後処理が欧米諸国の思惑通りにうまくいった事例が一つもありません。これらに比べると GHQ による日本の戦後処理は、100 点満点とは言えないにしても、奇跡的にうまくいったのではないかと思えます。もしかしたら、日本の戦後処理がうまくできたから、他の国に対してもうまくいくと楽観的になった結果が、これらの惨憺たる現状なのかも知れません。

(かなり前に読んで別のところにメモしてあったものを再録しました。)

 

【書籍情報】

池上彰(2015)『学校では教えない 「社会人のための現代史 」池上彰教授の東工大講義 国際篇』 文春文庫

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読書メモ『「超」説得法 ~ 一撃で仕留めよ』(野口悠紀雄)

野口悠紀雄氏の『「超」○○法』シリーズは何冊も読んでいますが、これらに共通するのは、シンプルな方法論の有効性が論理的に説明されていることだと思います。しかし本書からは、従来とは少し異なる印象を受けました。

私が本書を従来と違うなと感じた理由は恐らく、いくつかの事例(フィクションを含む)を紹介したうえで、これらの成功(もしくは失敗)要因を分析し、方法論の説明に利用していることではないかと思います。本書で紹介されている主な事例は次の通りです。

  • 早稲田大学ファイナンス研究科の入試面接における女子受験生
  • 田中角栄大蔵大臣(当時)の、日本銀行における会議
  • シェイクスピアの『マクベス』において、魔女がマクベスをそそのかす場面
  • 聖書(特にマタイ傅福音書、ルカ傅福音書、ヨハネ傅福音書)に登場する、いくつかのフレーズ
  • ナポレオンが兵に対して行った布告
  • シェイクスピアの『ヘンリーⅤ世』において、ヘンリーⅤ世が兵を鼓舞する演説
  • レーガン米大統領(当時)が大統領選を控えた公開討論会で、対立候補モンデイルに対して放った言葉
  • シェイクスピアの『リチャードⅢ世』において、リチャードがアンを口説く場面
  • シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』におけるアントニーの演説
  • 黒澤明の『七人の侍』における長老のセリフ
  • かつての日本の政治家の例が複数(ただし、いずれも失敗事例)

なお政治家の事例については、欧米の政治家の事例(サッチャー元首相を含む)がいずれも成功例であるのに対して、日本のそれらについてはほとんどが失敗例です。まあ現状からしてやむを得ないでしょう。

これらはいずれも説得の仕方に関する事例ですが、他にも話の締めくくり方の説明のために、小説や映画のラストシーンが多数引き合いに出されていますし、命名法の説明のために様々な製品やサービスなどの成功例、失敗例が示されています(商品や本、論文などの命名も、それを買ってもらう/読んでもらうための「説得」のひとつであるという位置付けになっています)。

これらの例が多用されていることもあって、全体的に読みやすく、かつ説得方法やネーミングに関して新しい視点をくれる本になっていると思います。

(かなり前に読んで別のところにメモしてあったものを再録しました。)

 

【書籍情報】

野口悠紀雄(2013)『「超」説得法 ~ 一撃で仕留めよ』 講談社

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