組曲「展覧会の絵」プログラムノート

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自分が所属しているオーケストラの演奏会でムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」を演奏したときに、この曲のプログラムノートを書かせていただけることになりました。

演奏会は既に無事終了しましたが、原稿が自分のハードディスクの中に眠っているだけなのもどうかと思いますし、もしかしたら何かの間違いで誰かの役に立つこともあるかもしれないので、ここに載せておくことにしました。




皆様に本日お聴きいただく組曲『展覧会の絵』の楽譜が世に出るまでには、作曲者のムソルグスキーをはじめとして、建築家であり画家であったガルトマン、芸術評論家のスターソフ、作曲家のリムスキー・コルサコフとラヴェル、そして指揮者のクーセヴィツキーという 6 人が関与している。もし彼らのうち一人でも欠けていたら、この曲が現代のオーケストラで演奏されることはなかったであろう。

ムソルグスキーは 1870 年ごろにガルトマンと出会い、親交を深めてゆくが、ガルトマンは 1873 年に動脈瘤破裂のため急死してしまう。スターソフはガルトマンが遺した作品を集めて、1874 年 2 月にペテルブルクの芸術アカデミーにてガルトマンの遺作展を開催するが、そこに訪れたムソルグスキーが、かつての盟友ガルトマンの作品を見たときの印象をもとに、ピアノ曲として同年 6 月から 7 月までの間に一気に書き上げたのが、組曲『展覧会の絵』である。自筆譜には「ヴィクトル・ガルトマンとの思い出に」と書かれており、作品はスターソフに献呈されている。

この楽譜はムソルグスキーの生前に世に出ることはなかったが、彼の死後に遺稿の整理にあたったリムスキー・コルサコフがこれを発見し、彼自身が若干の校訂や変更を加えたものが 1886 年に出版された。ところが、この曲が世界各国で広く演奏されるようになったのは、1922 年にラヴェルがオーケストラ用に編曲した後である。この編曲をラヴェルに委嘱したのは、当時パリを拠点として活動していたロシア出身の指揮者クーセヴィツキーであった。

ラヴェルが編曲に着手した当時出版されていたピアノ譜には、リムスキー・コルサコフの手が入っていたため、ムソルグスキーによる自筆譜を入手しようと試みたが実現しなかった。したがって彼はリムスキー・コルサコフ版をもとに編曲せざるを得なかった(ちなみに自筆譜による原典版は 1932 年に出版されている)。その結果としてラヴェル編曲のオーケストラ版には、リムスキー・コルサコフによる校訂や変更の影響が含まれている。

このような経緯を経て成立した曲であるため、リムスキー・コルサコフおよびラヴェルの手によって、原曲になかった表情や色彩が加えられた面があることは否めないが、それでもこの曲がガルトマンに対するムソルグスキーのオマージュであることに変わりはない。

遺作展には約 400 点もの作品が展示されたとの事であるから、訪れたムソルグスキーも多くのインスピレーションを得たと思われ、これを受けて作曲された本作品にも多彩なキャラクターが詰め込まれている。しかしながら組曲全体を通して最も重要なテーマは「死」であろう。作曲のきっかけがガルトマンの死とその遺作展であったからか、組曲のあちこちに「死」を連想させる要素が散見される。

例えば 2 曲目の「古城」におけるアルト・サキソフォンのソロには「con dolore」(悲しみをもって)と指定されているし、4 曲目の「ビドロ」冒頭の伴奏部分はショパンのピアノソナタ第 2 番の第 3 楽章「葬送行進曲」に酷似している。8 曲目の「カタコンブ」の題材となった絵は、ガルトマンがパリにあるカタコンブ(古代ローマ時代の地下墓地)を見学している様子を描いた自画像であるから、最も「死」に直結した曲と言えよう。これに続いてオーボエとコーラングレがプロムナードに基づく悲しげな旋律を奏でる箇所から約 2 分間の部分には、「死者の言葉による死者との対話」という意味のラテン語のタイトルが付けられている。恐らく「カタコンブ」の絵に描かれたガルトマンの姿を見たムソルグスキーが、故人に思いを馳せている場面の描写であろう。木管楽器を中心に思いを巡らせながら、最後はまるでハープに導かれて昇天していくかのようである。

しかしながら終曲となる「キエフの大門」は、盟友の死による悲しみを乗り越え、故人を偲ぶというよりはその偉大さを称えるような、スケールの大きい荘厳な曲となっている。9 曲目の「鶏の足の上の小屋(バーバ・ヤガー)」から続けて演奏され、管楽器とティンパニによる雄大な響きで始まる。途中で木管楽器の弱奏による、ロシア正教会の聖歌を思わせるフレーズを 2 回はさんで、さらにプロムナードの旋律を重ねながら、鐘やシンバルなどの打楽器を伴って壮麗に幕を閉じる。

(参考資料)



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