読書メモ『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ! 』(西浦博・川端裕人)

本書は、2020 年に発生した新型コロナウイルスのパンデミックに際して「8 割おじさん」として突如有名になった、京都大学の西浦博教授(当時は北海道大学教授)に、作家の川端裕人氏が数回に分けて実施した Zoom でのインタビューで聞き取りを行った内容をもとに書き起こされたものです。また最後に雑誌『中央公論』2020 年 12 月号に掲載された両名の対談記事が、加筆・再構成されて収録されています。

西浦先生はクラスター対策班の活動を中心に激務をこなされた上に、政府や自治体、一部の専門家、一般市民など各方面から名指しで批判されたり、脅迫や殺害予告を受けたりと、大変な思いをされています。そのような経験をしてもなお感染拡大防止に関する対策や研究に尽力され、さらにはこのような本を世に出して下さって、本当に有難いことだと思います。

本書では、2019 年 12 月の終わりに中国で新しい感染症が発生していることが分かった直後から、俗に専門家会議の「卒業論文」と呼ばれている資料が発表された 6 月 24 日までを中心に、西浦先生ご自身およびクラスター対策班や、専門家会議などの活動内容が詳細に綴られています。また、西浦先生から見えた範囲での政府や自治体の動き、政治家や官僚の言動などについても具体的に記述されています。国内で新型コロナウイルス感染者が発生して以来、政府や専門家会議からいろいろな情報やメッセージが発出され、また政府や自治体によって様々な施策が講じられてきましたが、それらの舞台裏がかなり具体的に明らかになっている貴重な本だと思います。

特に私の印象に残ったのは、3 月 30 日に東京都知事が記者会見で発表した、夜間の外出自粛の呼びかけに関するやりとりの場面です。3 月 24 日に西浦先生が都知事と面会して本件について進言した際、都知事や秘書などから「先生がこれを発表してくれますか?」と言われ、西浦先生はその場でこれを承諾します。しかし厚労省は、これを西浦先生が発表すると厚労省を代表して発言しているように伝わってしまうことを懸念して、これに待ったをかけ、発表の方法(どちらが発表するか)や表現などについて延々と都との間で調整(?)し、30 日にようやく都からの発表ということで決着します。この原因が両者の消極的な姿勢によるものなのか、法律や制度の不備などによって責任の所在が不明確だからなのか、私には分かりませんが、結果としては 5 日程度の時間を空費しているように思えます。現在でも政府と自治体との間で似たようなことが発生していると思われるシーンが度々見られますが、このような問題は当分解決することは無さそうです。

また、本書の中で西浦先生が比較的多くの分量を割いておられるテーマのひとつは、本件に関するリスクコミュニケーションの大切さや難しさだろうと思います。西浦先生はご自身がリスクコミュニケーションに関して失敗したと自省しておられると同時に、政府や自治体、専門家会議などにおけるリスクコミュニケーションに関する課題について問題提起されています。これについては、情報の出し方が改善されるべきであることはもちろんですが、コミュニケーションが情報の出し手と受け手との間での双方向のやりとりである以上、情報の受け手である私たち一般市民も改善していくべきことが、たくさんあるはずで、本書を読むことが、リスク情報の受け手として、より良いリスクコミュニケーションを目指す上でも大変役に立つのではないかと思います。少なくとも私自身にとっては大変勉強になりました。

 

なお、本書を知るきっかけとなったのは岩田健太郎先生のブログでした。本書が発行された直後にブログにて紹介してくださったおかげで、私も早い時期にこの本を読むことができ、大変感謝しています。

 

【書籍情報】

西浦博・川端裕人(2020)『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ! 』中央公論新社

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読書メモ『丁寧に考える新型コロナ』(岩田健太郎)

私がこの本を買った最大の理由は、巻末に収められている西浦博先生との特別対談を読みたかったためでした。そして実際に読んでみたところ、この対談のためだけに買う価値のある本だったと納得しました。紙媒体でのページ数は分かりませんが、kindle だと全体の分量の三割弱が特別対談に割かれているようです。

西浦先生(「8 割おじさん」として有名になった京都大学教授)との対談では、感染症に関する数理モデルや、病院や保健所を中心とした感染症対策の現場の状況、政府の施策やこれに関する議論などについて、お二人が意見交換されています。お二人とも専門分野や立場が異なるので、物事の見え方も当然異なっていると思いますが、そのような違いをお互いに認めた上で対話されていることもあって、お二人のご経験や、見聞きされたこと、ご自身の考えなどが具体的に語られており、とても勉強になる内容でした。

本書は新型コロナウイルス感染症について、校正時点(2020 年 8 月末)までに分かっている事実に基づいて、タイトルの通り丁寧に、私のような素人に対しても分かりやすいように書かれています。

本書の冒頭で「はじめに」で述べられているとおり、「分かりやすく説明する」ということに関して、誤解されている方が(特にメディア関係に)多いのではないかと思います。これまで岩田先生の著書を数冊と、ブログの記事をいくつか読ませていただいていますが、長い文章を読むことに慣れていない(もしくは最近あまり文章を読まなくなった)人にとっては、岩田先生の説明は長ったらしく感じるかもしれません。気が短い方なら最後まで読む前に「で、結局のところどうなの?」と聞きたくなるでしょうし、テレビなどでは(時間的な制約もあるとは思いますが)その結論のところだけ手っ取り早く伝えられることが多いのでしょう。しかし、その結論だけ聞いて「分かった」つもりになってしまうのは、思考停止を招きかねないのではないかと思います。

新型コロナウイルス感染症はまだまだ未知の部分が多く、かつ各自が考えながら適切な判断・行動をしなければならない状況が当分続くでしょう。そのような状況を生き延びていくためには、正しい知識とともに、新しく入ってくる情報を理解し取捨選択するためのリテラシーが必要なのだろうと思います。そのようなリテラシーを身につけるための、検査や感染防止方法などに関する基礎知識が、本書では丁寧に説明されています。

本書が発行されたのは今年の 10 月下旬ですが、今の時期にこの本を読めて本当に良かったと思いました。

 

【書籍情報】

岩田健太郎(2020)『丁寧に考える新型コロナ』光文社新書

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THE BIG ISSUE 「コロナ緊急 3 ヶ月通信販売」第二次参加

雑誌「THE BIG ISSUE」は、ホームレスの方々の自立を応援するために作られている雑誌で、普段は路上でホームレスの方々が販売しているものですが、新型コロナウイルスの影響で外出する人が減ったために、特に今年の 4 月以降は路上での販売が困難となったために、特別措置として 4 〜 6 月の 3 ヶ月間は通信販売が行われました。

その後、緊急事態宣言は解除されたものの、ビッグイシュー日本によると「感染症拡大の危険が去ったわけではなく、むしろ治療薬やワクチンのつくられるまでの間、抑止と緩和をくり返す年単位の長期対応となると言われています。その被害を最も受けるのは、例えばホームを持てない人をはじめ社会的な弱者、困窮者」であるという問題意識から、引き続き「第 2 次・コロナ緊急 3 ヶ月通信販売」を実施するとのことです。

 

‟家なき人”とともに。「コロナ緊急3ヵ月通信販売」第一次のご報告・お礼と第二次参加募集について
https://www.bigissue.jp/2020/06/14325/

 

本来は路上で販売員さんから買うものですが、自分自身も(コロナの影響もあって)都内に出かける機会がかなり減ったということもあり、第 1 次に続いて今回も購読を申し込みました。

かつて四ツ谷の会社に勤めていた頃に、四ツ谷駅前におられた販売員さんから毎回買っていたのが懐かしいです。また路上で買えるようになれば良いなと思います。

読書メモ『新型コロナウイルスの真実』(岩田健太郎)

著者の岩田先生が本書のタイトルにどのような意味を込められたのかは分かりませんが、本書に新型コロナウイルスの真実がバッチリ書いてある訳ではありません(書けるわけがありません)。ですから個人的には、ちょっとタイトルに胡散臭さを感じ、最初は買うつもりがありませんでした。

しかし twitter で本書の内容に言及された投稿があったので(具体的にどのような投稿だったかは忘れました)、あらためて買って読んでみたところ、新型コロナウイルスの真実を知るために必要な知識や考え方などが書かれていることが分かりました。

本書の構成は次のようになっています。

  • 第一章 「コロナウイルス」って何ですか?
  • 第二章 「あなたができる感染症対策のイロハ
  • 第三章 ダイヤモンド・プリンセス号で起こっていたこと
  • 第四章 新型コロナウイルスで日本社会は変わるか
  • 第五章 どんな感染症にも向き合える心構えとは

第一章と第二章は、新型コロナウイルスやその感染症対策、さらにはその前提として必要な感染症全般に関する基礎知識が、専門外の人にも分かるように解説されています。

最近は新型コロナウイルスの流行状況や対策方法に関する情報が Web やマスコミなどから大量に流れてきますし、対策方法や政府などの施策に関する議論や論争もあちこちで行われていますが、本書の内容を知っている人と知らない人とでは、情報の受け取り方も変わるでしょうし、議論も噛み合わないのではないかと思います。

例えば、日本でもっと PCR 検査を増やすべきだという主張が多く見られます。そのような主張をしておられる方々が、本書に書かれているような基礎知識を持ち合わせているかどうかは、かなり疑問です(ということも本書を読んで分かりました)。

少なくともマスコミで新型コロナウイルスに関する記事を書いたりテレビで話したりするような人は、少なくとも本書の第二章までは読むか、これらの範囲に相当する知識を身に着けていただきたいと思います。もし「岩田先生の話だけを鵜呑みにするのもいかがなものか?」と思われるのであれば、他の専門家が書いた本を並行して読まれればいいと思います。それで少なくとも話の前提が変わるはずです。

ただし、この本は 3 月中旬までに書かれた本なので、新型コロナウイルスに関しては、これ以降に分かったことが反映されていません。この点には注意して読む必要がありますし、4 月以降に判明したことは読者自身の責任で知識をアップデートすべきであろうと思います。

また第三章では、集団感染の現場となったダイヤモンド・プリンセス号で岩田先生自身が見た状況をもとに、感染管理のためにすべきこと、やってはいけないことが書かれています。なお、ここでは岩田先生が船に入って 2 時間くらいで追い出された経緯が書かれていますが、簡単にまとめると次のような状況だったそうです。

  1. 厚生労働省の官僚からは、DMAT の○○先生の下で働け、感染管理はやるな、と言われて船内に入った
  2. 船内に入ったら、その○○先生からは「そんな話は聞いてない」と言われて DMAT のトップの先生を紹介された
  3. DMAT のトップの先生に会ったら、感染管理をやってくれ、好きなことを全部やっていい、と言われた
  4. そこで本気で現状の問題点を指摘しだしたら、出て行けと言われた(誰からの指示なのかは不明)

以上はあくまでも岩田先生の側から見た経緯ですので、厚生労働省側に取材したら別の事情が分かるかもしれませんが(そんな取材ができるとも思えませんが)、いずれにしても、いかに情報共有ができていなかったか、指揮系統が混乱していたかが想像できます。緊急事態対応のケーススタディにも使えそうな事例のように思えました。

第四章、第五章は我々が今後どうすべきかを考えていくための内容と言えます。本書に答えが書かれているわけではなく、読者自身が自分で考えるための道標やヒントといった感じです。

世間には「答え」を手っ取り早く知りたがる方々が一定程度おられますが、本書はそういう「答え」を求める方々を突っぱねるような書き方になっていると思います。そもそも、誰も経験したことのない新興感染症のパンデミックを乗り越えるための答えが、本を読んだりセミナーを聞いたりするだけで手に入るわけがありません。ひとりひとりが知識や情報を集めながら考えていくしかないんです。そういう姿勢に共感したという意味でも、読んでよかったと思えた本でした。

【書籍情報】

岩田健太郎(2020)『新型コロナウイルスの真実』KK ベストセラーズ

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