ビジネスパーソンはワイシャツこそフルオーダーすべき

私はここ数年来、ワイシャツはフルオーダーのものしか着ていません。こう書くとかなり服装にお金をかけている人のように思われるかも知れませんが、後述するように、金額的には大したことはありません。ワゴンで特売されているようなワイシャツに比べれば高いですが、それを十分上回るメリットがあります。

 

採寸

注文するときに体の各部を店で採寸してもらいます。具体的な所要時間は覚えていませんが、10 分もかからなかったと思います。

なお、寸法の細かい調整にも対応してくれます。私の場合、腕時計が引っかからないように左の袖口を少し広めに作ってもらっています。

 

注文

生地を選びます。私が注文したときは、綿 100% やポリエステル混紡など材質の違いや糸の太さ、色など、20 種類以上の選択肢がありました。

次にデザインやオプションを選びます。襟や袖口、ポケットの形、ボタンの種類、イニシャル刺繍など、自由に選べます。

出来上がりは工場の混み具合などにもよるようですが、だいたい 3〜4 週間くらいだったと思います。

 

コスト

私はいつもエフワンでワイシャツを発注します。注文は2着単位で、綿 100% 白無地で 16,000 円くらいです(つまり 1 着あたり 8,000 円程度)。価格は生地の選び方や、襟や袖口の形、ボタンの種類などのオプションによって変わります。

 

メリット

まず当然ながらサイズが身体にぴったり合っていることが最大のメリットです。私はフルオーダーにする前はパターンオーダー(襟周りと袖丈だけ採寸して合わせるもの)のワイシャツを着ていましたが、フィット感が全然違います。具体的には次のような効果が実感できます。

  • 体の動きにシャツがついてくる。例えば電車でつり革につかまる時や、しゃがんで靴紐を結ぶ時、パソコンのキーボードに手を伸ばす時など、腕を大きく動かしても袖がついてくる。
  • 着崩れしにくい。フルオーダーでないシャツだと、だんだん裾がズボンから出てきてしまうため、1 日に 1〜2 回、トイレに行って裾を直していたが、フルオーダーにしてからは皆無。

また、シャツが体に合っていると見栄えも良くなります。既成品だと腕を動かしたり、屈んだりしたときに、妙に袖が上がってしまうことがありますが、フルオーダーだとそういうことが減りますので、動きの中でも綺麗に見えます(多分)。

 

デメリット

最大のデメリットは既製品に比べて高価なことです。既製品のバーゲンだと 1,000 円くらいで買えることもあります。そういうのと比べると割高に見えるかもしれません。
私の場合はもともと既製品だと合わない体形で、パターンオーダーにせざるを得ず、1 着あたり 4,000 円くらいかかっていましたから、プラス 4,000 円でフルオーダーできるなら大して高くないと感じました(これは私の特殊事情ですが)。

もうひとつのデメリットは、スーツもフルオーダーしたくなることです。前述のように体の動きにシャツがついてくるようになると、スーツがついてこないことが気になり始めます。ただし、この点については、この際スーツもフルオーダーにしてしまえば、もはやデメリットではなくなります。同様にエフワンなら 5 万円くらいでスーツをフルオーダーできます。

 

リスク

当然ながら、体形が変わると着られなくなります。もちろん既製品にも同じことが言えますが、フルオーダーの場合は体形に合わせて作られている分、既製品に比べて体形が変わったときのズレが気になりやすいと思います(幸い私はまだ経験していません)。

 

既成品に比べると値段が若干高いですが、毎日着るシャツですから、このくらいお金をかけても贅沢ではないと思います。シャツがほとんど着崩れしませんし、私の場合は前述のとおり、左の袖口を広めに作ってもらっているので、腕時計を見るときはすぐ見られますし、見終わったら何もせずに腕を下ろすだけで袖口が戻ります。このスムースさは一度体験するともう戻りたくなくなります。既成品のシャツで何となく違和感を感じておられるなら、一度試してみてはいかがでしょうか。




反省会(会社オケ 2015.10.4)

演奏会本番ライブ録音 CD が届いたので個人的反省会など。

  • 演奏会の幕開けの音を外した。たいして難しい音ではなかった(F#)が、冒頭から 4 小節間くらい全然音がハマらなかった。原因はおそらく昼食の量。おにぎり 1 個少なくすべきだった。あの時もさほど沢山食べた訳ではなかったが、リハーサルと本番で腹の中の状況が違いすぎて、腹筋に力を入れた時の圧力のかかり方が変わったのだと思う。この感覚を修正するのに 4〜8 小節かかった。腹筋での支えを重視する吹き方になった分、この辺の感覚が若干シビアになったのかも知れない。
  • ダッタン人では遂に最後まで滑舌の悪さが改善できなかった。今後の課題。
  • ダッタン人の終盤はステージ上で感じてた以上に崩壊してた。自分が休みの間に既に崩壊に向かって走り始めていて、自分にはどうする事も出来なかったが、あれは無いなぁ (^_^; 。
  • チャイコフスキーでは存在感で Tuba に負けた感じがする。音量の問題ではなく鳴り方。力みが入って音が細くなったかも知れない。ダッタン人でも音量を上げようと思ったあまり自滅した箇所があった。指揮者から音量を求められても、場合によっては間に受けずにスルーすることを真面目に考えなければならないかも知れない。
  • チャイコフスキーの第 3 楽章は、録音を聴いた限りでは、自分の音も意外とソレっぽい雰囲気に聴こえる。こういうのはちょっと嬉しい。
  • Trb. セクションとしてハーモニーを聴かせたいところで、自分の音だけが目立ちすぎているような気がする(特にチャイコフスキーの第 4 楽章)。パート練習を重ねれば何とかなったのか、もしくは音色の問題なのか、これも解決したい課題。

いま見ておくべき災害の記憶(牡鹿半島)

宮城県、牡鹿半島のコンビニの駐車場に残っていた「HELP」の文字。

 

近くに「日赤病院」「出産」とも書かれている。

 

交通路が寸断されたこの地で、必死の思いでヘリコプターに向かって助けを求めた跡。
広角レンズを持ってこなかったことを激しく後悔した。こういう経験をするから、次は後悔しないようにと考えるので、どうしても荷物が増える。

自分がここを訪れたのは 2015 年 8 月 12 日。鮎川に向かう途中だったと思う。既に震災から 4 年と 5 ヶ月が過ぎ、ペンキもすり減ってきている。別に保存されている訳でもなく、普通に車が停められているので、そのうち消えて無くなってしまうのだろうと思う。

とりあえず写真に収めてはみたものの、やはり現場で現物を見たときの印象は再現できない。こういうのは現場に立って、当時の状況に思いを馳せることが大事なのではないかと思う。

知覧特攻平和会館を見学した

今年度 3 週連続 4 回目の鹿児島出張の際に、出発を 1 日前倒しにして、知覧特攻平和会館に行ってきた。

空港から鹿児島中央までバスで 1 時間、そこでバスを乗り換えて知覧まで 1 時間 20 分かけて、現地に着いたのは 14 時過ぎ。神奈中みたいな普通の路線バスで峠道をガンガン上がっていった。
バス停から会館に向かう道沿いにはたくさんの灯篭が並んでいる。これらが全て灯ったらどういう光景になるだろうかと想像しながら会館に向かう。

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入館したら、ちょうど語り部さんの話が聞ける時間で、おそらく特攻隊の方々と同世代くらいと思われるお爺さんが、写真のパネルや飛行機の模型等を使いながら、特攻隊ができた背景や攻撃方法に続いて、10 人ほどの特攻隊員がどのように暮らし、どのような遺書を残して死んでいったか、などを語ってくれた。具体的な日付や数字なども全て頭に入れて説明してくれる記憶力に驚きながら、なぜこのようなことになってしまったのか考えつつ、月並みだがやはり二度と戦争を起こしてはいけないという思いを再認識した。過去の戦争について「○○人が犠牲になりました」というようなデータを知ることと、一人一人がどのように生き、死んでいったかを知る事とは意味が全く違う。そういうことを改めて感じることができたことも良かったと思う。

展示室に戻ると、数百人の特攻隊員の写真や遺書、遺品等が所狭しと保管・展示されていて、その量に圧倒された。とても 1~2 時間では見きれない。時間があったら武家屋敷も寄って行こうか等と思っていたが、全然甘かった。そもそも特攻隊に関する展示をあれだけ見た後で、武家屋敷見物に行くような気分には到底なれない。行くなら早めの時間に武家屋敷に行って、そこを見てから平和会館に行った方が良いと思う。

また、隣の「知覧ミュージアム」では、ちょうど義烈空挺隊に関する展示も行われていたので、こちらも合わせて見学した。

ところで、ここに行こうと思った直接のきっかけは、大和市吹の定期演奏会で「三角の山」を演奏することになり、プログラムノートを書いたこと。楽譜に添えられていた作曲者自身による文章を参考にして、次のような原稿にまとめた。

酒井格/三角の山

タイトルの「三角の山」とは、鹿児島県にある開聞岳(かいもんだけ)のことで、見事な三角錐を形成していることから「薩摩富士」とも呼ばれています。第二次大戦末期には、この山の北側にあった旧知覧町の陸軍飛行場から飛び立った特攻隊が、まず開聞岳を目指して飛び、開聞岳を見ながら家族に別れを告げてから、南方の戦地に向かったと言われています。

作曲者の酒井格は、このように特攻隊として出撃した多くの若者を見送ってきた美しい成層火山をタイトルに据え、二度と戦争を繰り返して欲しくないという願いを込めて、この曲を作曲しました。作曲者自身が楽譜に添えたメモによると、「前半は輝かしい若者の姿、そして迫り来る運命への不安。中間部では大切な人との別れ、そして後半は、未来ある多くの若者たちが南の空に散っていった様子」を表しているとの事です。後半部分は前半と同じ軽快な6/8拍子で、躍動感のある展開の後に明るくドラマティックなフィナーレを迎えますが、作曲者の動機を踏まえて考えれば、これは決して過去の戦争行為や、特攻で命を落とした若者達に対する賛美ではなく、これからの平和な時代を担っていく若者達に対する期待が込められていると考えるべきでしょう。

原稿自体はプログラムのページ数の制約からボツになり、一部を司会者原稿に流用するにとどまったが、原稿を書くためにいろいろ調べる中で、知覧に特攻平和記念館があることを知った。そういえば今年は鹿児島出張あるじゃん。しかも4回も (^_^) 。というわけで出張前後で予定が空いている日を探して、宿を一泊余分に予約した。
もちろん選曲の際に反戦的な意味合いを意識していた訳ではないし、原稿にもそのようなメッセージを込めたつもりは全く無いが、この曲を演奏したことをきっかけにして見聞を深められたことは良かったと思う。

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