PCR 検査について論じるために(たぶん)最低限知っておくべきこと

あらかじめお断りしておきますが、私は医療関係の専門家ではありませんので、この記事に書かれている内容が絶対に正しいという保証はできません。しかしながらこの記事の最後に記載した「参考文献」に基づいて書いているので、大事なところは外していないと思います。

したがって私自身はこの記事を読んだ結果に関して何ら責任を負いません。下記の「参考文献」およびその他の資料を使って、ご自分の責任で調査、確認されることをお勧めします。

 


一般に、検査には誤差や誤検出がつきもので、100% 正確な検査は恐らく無いと思います。新型コロナウイルスの PCR 検査ももちろん例外ではありません。

新型コロナウイルスの PCR 検査の場合、検査の正しさを表す指標として「感度」と「特異度」があります。感度は、感染している人が正しく「陽性」になる割合です。また特異度は、感染していない人が正しく「陰性」になる割合です。

参考文献 1. によると、新型コロナウイルスの PCR 検査の感度は 70% 程度、特異度は 95% 程度のようです。つまり、既に感染している人 100 人が PCR 検査を受けても 30 人くらいは陰性になることになります。これを「偽陰性」といいます。逆に、感染していないことが確実に分かっている人を 100 人集めて PCR 検査を行うと、5 人くらいは陽性になるということで、これは「偽陽性」といいます。

ここで、次のような例題を考えます。

特に新型コロナウイルスの感染が疑われるような症状がなく、他の感染者との濃厚接触もない A さんが、新型コロナウイルスの PCR 検査を受け、その結果が「陽性」だったとします。この場合、この A さんが本当に新型コロナウイルスに感染している可能性はどのくらいでしょうか?

この問いに対する答えは前提条件によってかなり変わりますが、いずれにしても驚くほど低い数字になります。以下、A さんが東京都民だと想定して説明を進めます。


前提条件

  • 2021 年 1 月 1 日時点での東京都の人口は 13,960,236 人(注 1)。
  • 2021 年 2 月 4 日時点での東京都での PCR 検査陽性者数(累計)は 102,200 人(注 2)。
  • 単純化のために、ここでは「PCR 検査陽性者数(累計)」=「現在の感染者数」とみなして考えます(注 3)。

 

考え方と計算方法

まず、感染が疑われるような症状がなく、他の感染者との濃厚接触もないのに、実は A さんが既に感染している可能性は、次のようになります。

(現在の感染者数)÷(東京都の人口)≒ 0.00732  (0.732%) --- [α]

次に、A さんの検査結果については、次の表のとおり 4 通りが考えられます。

感染している 感染していない
陽性 (1) (2)
陰性 (3) (4)

ここで「感染している」の列については感度を、「感染していない」の列については特異度を適用して計算します。

まず (1) と (3) については、A さんが感染している可能性が 0.732%、検査の感度が 70% なので、次のようになります。

(1) = 0.00732 × 0.7 ≒ 0.00512
(3) = 0.00732 × (1 - 0.7) ≒ 0.00220

また (2) と (4) については、A さんが感染していない可能性が(100% – 0.732%)すなわち 99.268%、検査の特異度が 95% なので、次のようになります。

(2) = 0.99268 × (1 - 0.95) ≒ 0.04963
(4) = 0.99268 × 0.95 ≒ 0.94305

したがって、検査結果が陽性だった A さんが感染している可能性は次のようになります。

(1) ÷ {(1) + (2)}= 0.00512 ÷ ( 0.00512 + 0.04963 ) ≒ 0.09352  (9.352%)

 

考察と注意事項

症状や他の感染者との濃厚接触など、A さんが感染している可能性を示唆するような材料がない状態で検査を行った場合、結果が陽性だったとしても、それは 9 割以上の確率で偽陽性だということになります。つまり、症状のない人に対して闇雲に PCR 検査を実施すると、偽陽性で隔離される人がどんどん増えるということになります。

しかしながら、これは「PCR 検査は役に立たない」という趣旨ではありません。感染が疑われる症状がある人や、他の感染者との濃厚接触がある方の場合は、上の例題の A さんよりも既に感染している可能性(上の [α])が大きくなるので、計算結果が大幅に異なります。

例えば、医師が診断した結果「感染している可能性は五分五分だ」と考えた場合、上の [α] を 0.5 として同様に計算すると、検査で陽性になった人が本当に感染している確率は約 93% になります。もっと控えめに、[α] を 0.2 にしても、約 78% になります。したがって、医師の診断などの方法で、感染している可能性を事前に見積もることと併用すれば、PCR 検査は信頼できる、ということになると思われます。

もちろん、感染しても無症状で、なおかつ他の人に感染を広げるという方が一定割合存在することが分かっているので、「偽陽性のリスクがあるとしても徹底的に検査を行うべきだ」という考え方もあるかも知れません。しかしその場合は、1 人の無症状感染者を見つけるために 9 人の偽陽性者を隔離するという犠牲を受け入れる必要があります。これを受け入れることが妥当なのかは私には分かりません。

 

注釈

  1. 東京都 Web サイト「「東京都の人口(推計)」の概要(令和3年1月1日現在)」 https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2021/01/28/01.html (2021/2/5 閲覧)
  2. 週刊東洋経済 ONLINE「新型コロナウイルス国内感染の状況」 https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/ (2021/2/5 閲覧)
  3. もちろん、これまで検査を受けて陽性になった方々の中にも、ある程度の偽陽性が含まれている可能性があります。また一度感染した後に回復された方も多数おられるはずですし、感染しているのに見つかっていない感染者も多数おられると思います。しかしながら、これらを見積もることは出来ないので、ここでは全て無視して考えます。

 

参考文献

  1. 岩田健太郎(2020)『丁寧に考える新型コロナ』光文社新書《Amazon リンク
  2. 結城浩(2020)『数学ガールの秘密ノート/確率の冒険』SBクリエイティブ《Amazon リンク